世界遺産シギリヤロックに隠れる悲しい物語

下から見上げたシギリヤロック

▲真下から見上げたシギリヤロック

シギリヤロックの歴史 父殺しの大罪と後悔の日々

シギリヤロックは5世紀後半、シンハラ王朝の王、カッサパ1世が築いた都城です。

ですが、岩山に築かれた王都シギリヤは、完成からわずか11年でその短い歴史を閉じます。そこには、岩山に宮殿を置き、孤独な時を過ごしたカッサパ1世の野望と、悲しい親子の物語が隠されています。

5世紀後半、カッサパはダートゥセナ王の長男として生まれました。カッサパには、王族の血筋を持つ母から生まれた弟モッガラーナがいました。カッサパの母は平民の血筋であったため、カッサパは弟モッガラーナに王位継承を奪われるのを恐れ、父王に不満をもつ将軍と共謀して父王を投獄しました。
そして王位継承を持つ弟をインドへ追放し、477年カッサパはカッサパ1世として即位したのです。

シギリヤロックの山頂にある遺跡

▲シギリヤロック山頂に残る遺跡

その後、カッサパは父ダートゥセナに、隠し財産をすべて出すように迫りますが、「貯水池が全財産だ」という父に怒り狂い、将軍に命じて父を殺害してしまいます。しかし、そこからカッサパの後悔の日々が始まりました。

父を殺すという仏教徒として最大の罪を犯した彼は、罪を償うべく寺院や施療院を立て、善政に励みます。そして弟からの復習におびえる日々を送ったのです。

孤独な王が11年を過ごした、岩山の王宮

シギリヤロック山頂の遺跡

▲シギリヤロックの山頂。王宮の跡

そしてカッサパは、亡き父が夢見ていた岩山の頂上に宮殿を立てる計画を実行します。父を供養するため、また、弟の攻撃から身を守るために建てられたともされるシギリヤロックは、即位から7年後に完成しました。

玉座は岩山の頂上におかれ、中腹には、巨大な獅子像(現在は手足の部分のみ残されています)が作られ、まるで威嚇するように弟の逃れた南インドを見据えていたと言われます。

そして、11年後、インドから戦いを挑んできた弟モッガラーナにあっけなく敗れ、カッサパ1世は自ら命を絶ったのでした。

「感動を味わえる絶景!」世界遺産シーギリヤロック